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私は学生が書いた日本語の作文を読むのが好きです。普段の授業では見えてこなかった学生の思いや考えを知ることができるからです。
ある日、初中級のクラスで作文の授業を担当しました。テーマは『私の好きな歌』でした。
「どんな歌が好きですか?」「どうしてその歌が好きですか?」など、書く前に今日はどんなテーマで書くのかを共有して、作文を書いてもらいました。学生たちは高校時代に友達と一緒に聞いていた歌や、好きなアニメの歌、おばあちゃんがよく歌っていた歌など、思い思いに好きな歌について書いていました。
どの作文もよく書けていたのですが、私は一人の学生の作文にくぎ付けになりました。その学生が好きな歌はある人気グループの『Answer:Love Myself』という歌でした。
作文には「子どもの頃から、両親や先生は、勉強や礼儀、目上の人を尊敬することは教えてくれたけど、自分を愛する方法を教えてくれた人はいませんでした。この歌が自分を愛することを教えてくれました」
と書いてありました。
これを読んで私はすぐにこの歌が聞きたくなりました。「自分を愛する方法を教えてくれた人はいませんでした」この言葉に、私自身もなにか納得することがあったからです。
(I’m learning how to love myself)
学生も教師である私たちも、日々の生活の中で、自分自身の愛し方を学んでいる途中なのかもしれません。そんなことも教えられる教師になりたいと思いながら、 今日も学生の作文からいろいろなことを学ばせてもらっています。(平井)
「~なのに」「やっと」など、日本語は“話者の気持ちがこっそり表れる”文型や言葉が多いので難しい、と言われます。
初級で学ぶ「電車で足を踏まれる」「父に叱られる」などの受身形もその一つで、上級クラスになってもなかなか使いこなせるようにならない項目です。
中上級クラスの担任をしていたとき、クラスのとある学生に、「新設される学部が志望に合っていると思うので受けてみてはどうか」と声をかけました。それまでいろいろと悩んでいた学生でしたが、夜遅くまで学校に残って、一緒に志望理由書を仕上げました。
一段落ついてやれやれ、と思ったとき、その学生が言いました。
「先生、ありがとうございました。これからも先生に全部決められたい。」
晴れ晴れした表情で、そんな主体性のない発言をして帰っていく学生を、「決められたい…?
せめて文法だけでも正しく“決めてもらいたい“と言ってほしかった」と、複雑な思いで見送りました。
あれから7年。その学生が久しぶりに学校にやって来ました。なんと今度は「取引先の営業の方」として。思い出話に花が咲き、「あのとき『全部決められたい』って言われましたよ」と言ったところ、
大変慌てた様子で「えっ僕、そんな失礼なことを言いましたか?申し訳ありませんでした!」と平謝りしていました。
大学で学ぶうちに、“受身形には「迷惑」の気持ちが表れる”ということを体得したようです。日本語学校卒業後も日本語の学習は続いていたんだな、と嬉しくなりました。(角)
授業における教師の役割の一つに「学生のやる気を引き出す」というものがある。
クラスの中にはやる気がないように見えて、実は、やる気があるという学生もいる。
では、なぜやる気がないように見えてしまうのか。それは、与えられた課題は理解できてもうまくアウトプットできないからだ。発言したくてもできないのである。
あるクラスで漢字語彙の授業を担当したときのことである。
最初の授業では学生から言葉を引き出してみようとした。しかし、学生から言葉が出てこない。
頭の中に漢字は浮かんでいても読み方が分からないため、答えられないのである。そのうち学生たちの集中力が切れていき、やる気を引き出すどころではなくなってしまった。
そこで、次の授業では確認したい言葉(漢字)を含めた文をこちらから提示し(ディクテーション)、漢字仮名交じり文で書いてもらった。その後、答え合わせで文を再現してもらい、その際、文中の言葉の漢字を聞くと、いわゆるドヤ顔で答えてくれた。やはりアウトプットできることは嬉しいのである。
教師は、「学生のやる気を引き出す」だけでなく、「学生のやる気を活かす」こともしなければならない。学生のやる気が維持できるよう、これからも授業を工夫していきたい。(安部)
私が授業準備に一番時間をかけるのが「導入文(=言葉の意味や概念を理解させるための例文)」を考えることです。
日本語教師になってから、電車に乗っているとき、自宅にいるときなどいつも考えるようになりました。特に初めて授業をするクラスでは、どんな導入文にしようか、ドキドキ、ワクワクしながら考えます。
ある日、あるクラスで文法の授業をすることになりました。前日はインターネットでいろいろと導入文に使えるネタを探していました。
たまたまそのクラスが中国圏の学習者しかいないということもあり、私は中国圏の話題を中心に探し、「I-KUN」というワードを見つけました。
調べると、カッコいいアイドルのような男性で、バスケットボールをしながら歌っていました。
私はいいネタを見つけたと思い、授業ではその男性をまねて授業項目である「~ながら・・・」を使い「バスケットボールをしながら歌います」と導入しました。
するとクラス中が大爆笑となり、休み時間に「動画を撮らせてください」などたくさん声をかけられました。
その後わかったのですが、導入で使った「I-KUN」とは中国ではカッコいい存在ではなく、みんなに笑われるような存在のアイドルでした。しかし、これが学習者には好評で、
学習者がSNSなどで私の動画を拡散したようで、私が教えたことのない学習者にも「あっ、バスケットボールの先生だ。」「私は~しながら・・・」など学校内で話しかけられるようになりました。
いつもとは違う導入方法だったこともあり、クラスの学習者はもちろん、教えていない学習者の定着も確認できてちょっとうれしい気持ちになりました。(岡田)
初級クラスで「動詞のて形(書いて、食べて…)」を導入したときのことです。「て形」の変形ルール(「書きます」→「書いて」に変換させる方法)を覚えてもらうために、「て形の歌(いろいろな替え歌があります。気になる方は、ぜひ調べてみてください。)」を紹介したのですが、
みんな恥ずかしがって、歌おうとしません。私が下手な歌声を教室に響かせると、学生たちは笑いながら、やっと口ずさみ始めました。
それから数か月後、クラス替えで再び初級クラスを担当することになった私は、そのクラスでも「て形の歌」を歌って聞かせました。その日の休み時間のことです。
「先生!」
前に担当していたクラスの学生に、声をかけられました。
「さっき、授業で『私の好きな歌』という作文を書きました。ぜひ読んでください。」
渡された作文を読んでみると…。
私の一番好きな歌はて形の歌だ。(中略)て形を勉強するとき、久保先生が私達にもっとよく覚えてもらうために、みんなにて形の歌を歌わせたのをよく覚えている。
この歌はメロディーがシンプルで文法も簡単に覚えられた。この作文を書いているとき、久保先生は隣のクラスでこの歌を教えていた。日本へ来たばかりの頃のことを思い出した。(原文ママ)
心がほっと温まり、「恥ずかしかったけど、あのとき歌ってよかった!」と心の底から思いました。学生に、この作文を「こぼれ話」に掲載してもいいか聞きに行くと、「全然上手じゃないですけど、使ってください。」と、て形を使って快諾してくれました。
この学生は今、中上級のクラスで頑張っています。(久保)
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